本文へジャンプ

Replan青森|特別インタビュー

Read more

アートは消えかけた人の心の灯りにスイッチを入れる。
“刺激”と“気づき”で、人も街も活気を取り戻す

───  十和田市現代美術館誕生の経緯と、小林さんの関わりを教えてください。

 十和田市街地に美術館とパブリックアートで構成される空間をつくろうという「Arts Towada」の構想が持ち上がったのは2001年です。きっかけは、当時の市長であった中野渡春雄氏がパリを旅した際、「十和田の官庁街通りの景観はシャンゼリゼに負けていない」と確信を得て、美観に配慮した街づくりへの思いを強くしたことでした。

街に最も必要なのは
アートだった

 官庁街通りは整備された美しい通りで、“日本の道100選”に選ばれていましたが、当時は官公庁の施設整理によって空き地が目立ち、マンションの建築計画が進んでいました。しかし、それによって美観は損なわれないのか。人々が集う魅力ある街として、ここに必要なのは文化施設ではないか。直島の成功でも脚光を浴びている現代美術を核としたアート空間を創ってはどうか。元市長と1人の市職員が中心となり、そうした議論を重ねた結果、マンション建築を白紙に戻し、アートによる街の活性化に取り組むことが決まったのです。

 私は、テレビ報道での発信活動や、イギリス留学時にYBA ヤング・ブリティッシュ・アーティストのムーブメントを見ていたという経歴、そして十和田市出身であることからお声がけいただき、2004年から専門家委員会委員としてプロジェクトに参加しました。2008年の開館時に特任館長に任命され、現在はメディア担当顧問。首都圏での広報活動や市民イベントの企画運営を担当し、美術館のコミュニケーターとして活動しています。

───  十和田市現代美術館は、街と人をどのように変えましたか?

 2008年に開館した『十和田市現代美術館』(設計/西沢立衛)はファサードが全面ガラス張りの開放的な空間です。そのため、一部のアート作品はあたかも通りに展示されているかのような印象であり、美術館の前や向かいの広場に屋外展示された作品(2010年完成)とともに、いまや街の景観の一部となり、市民の生活に溶け込んでいます。

開放的な建築と
アート作品の相乗効果

 また、美術館に併設されたカフェは、ワークショップやイベントなどに活用しているほか、お気に入りの喫茶店に通うように気軽に利用してくださる市民の方が増え、日常的なコミュニティスペースの役割を果たすようになってきました。

 このカフェはとても居心地がよく、個人的にも大変気に入っています。天井が高く、東側の壁全面がガラス張りになっているため、春夏秋冬、朝昼晩と、それぞれのタイミングでしか出会えない奇跡のような表情を見せてくれるのです。しかも、とても穏やかで緩やかな時間が過ごせ、まるで教会のような“浄化作用”がある空間だと感じています。

 オープンスペースならではの軽やかさや若々しさ。十和田市現代美術館の魅力は、この開放された“建築”の在り方が大きいのではないかと感じます。

───  アートが持つ力、果たす役割とは?

 Arts Towadaが始まってから「アートは消えかけた人の心の灯にスイッチを入れるもの」だと実感しました。アートやアーティストから受けるちょっとした刺激が、市民の人生に彩りを添え、豊かなものにする。そんな場面の数々に遭遇したからです。

 美術館内の常設展や企画展以外にも、時には街全体を巻き込み、お米屋さんやお茶屋さん、酒屋さんなど、一般の商店の中に、アート作品を展示することがあります。あるご店主の場合、店に置いてある作品について観光客と言葉を交わすうち、「僕は寺山修司の後輩で、高校時代一緒に同人誌をつくっていたんだ」という話題になり、寺山ファンだった相手と意気投合。メールの交換をするほど親しくなったことをきっかけに、作品展示や接客に意欲的になりました。ジャージを着て年金と健康の話をされていたのに、カシミアのセーターを着ておしゃれしたりして、ご自身の人世の捉え方が変化したのだと思います。

 その他にも、展示方法のさまざまなアイデアを出してくれる人、観光客のアテンドに積極的に参加してくれる人が増え、展覧会の期間に滞在するアーティストとの交流も活発になっています。

“美の目利き”の本領を
引き出す“気づき”

 このような変化は、市民のみなさんに素地があったから、起こるのだと思っています。幼い頃から、八甲田山系に沈む夕陽を眺め、豊かな自然を身近で当たり前のものとして暮らしている市民は、美しいものに関する感覚が研ぎ澄まされた“美の目利き”です。さらに、私が子どもの頃には、商店街には面白い物があふれ、日常のカルチャーは活気に満ちていました。商品の色合い、看板、飼われていた怖い犬…。そうしたもののすべてが、アートやデザインと無縁ではありません。

 アーティストは、そこに“気づき”をくれる、いわば啓蒙者です。「こういう道もあるよね」、「こういう考え方もあるよね」と、それまで気づかなかったことを考えるきっかけをくれ、発想のヒントをくれます。また、時に絶望的な闇を見せて「でも大丈夫だよ」と励まし、時に光を見せて「こっちにおいで」と手招きする。そういう意味では、「アートは生きることを励ます行為」とも言えるかもしれません。

 けれど、それは与えられるだけの一方的な関係でなく、十和田を訪れた彼らもまた、同時に、この土地が持っている自然や歴史、風土、文化、人の“豊かさ”の恩恵を受け、“気づき”を得ており、お互いさまなのです。

───  今後の活動の展望をお聞かせください。

 さまざまな企画が展開されていきますが、以前、市内の農家の方々の撮影をプロのカメラマンにお願いして、美術館で企画展を開催したことがあります。家族や親戚みんなで美術館に足を運び、写してもらった写真(作品)を見て笑う。たとえばそんな仕掛けをして、小さなコミュニティの中で、アーティストと市民がパーソナルな関わりを持ち、その相互関係の中から生まれたアートをまずは一緒に楽しむことも、地元の美術館の大事な活用方法のひとつだと考えています。

既存の“豊かさ”に
アートで付加価値を

 十和田市は私の故郷であり、回帰する場所です。アナウンサーとして就職試験を受けた際、森について語れる自分という個性に気づいたことが、故郷の価値を感じた最初でした。身近にある豊かな自然に感謝しながら、かつて活気に満ちていた商店街が、アートを手がかりに付加価値を持ち、さらに成熟した街となること、十和田市現代美術館が、より心地よい環境を生み出せる人を育てる場となることを願っています。

Replan青森

Replanとは

Replan編集長ブログ

住宅雑誌RepanTwitter

  • Replanメールマガジン
  • Replanお問い合せ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加